自由と不自由

 

わたしは自由に生きたい。

でも自由というのは不自由で、才能がないと自由には生きられないとわたしは思っている。

自由の定義は人それぞれだから一概には言えないけれど、少なくともわたしの求める自由は不自由の上にある。

 

わたしの思う自由は、例えば苦手な人付き合いをしなくて良くて、のんびり絵を描いて好きなところに好きな絵を彫って、ピアス開けたり髪色を綺麗にしたりすること。

 

わたしが自由を勝ち取るには、人と関わらない仕事をしなきゃいけないし、さらにそれには努力もしなきゃいけない。

わたしは努力が嫌いだ。ついでに、「努力が実を結ぶ」という言葉も。

「努力が実を結ぶ」と言っている人は、努力の結果良い方向にいった人だけだし、成功者の声ばかり大きくきこえてしまうものだから正しいと思わない。

努力してうまくいかなかった場合の苦痛とか考えると、わたしは努力せずなあなあに生きていた方が楽だし怖くない。

努力できる人はすごいと思うし尊敬する。

そういう人が自由に出来るのは当たり前だと思う。

だから、わたしにとっての自由は不自由を基盤にしてある。

 

あと、自由はリスクと隣り合わせであると思う。わたしにはそんな賭けに出る度胸がない。

 

少し苦痛でも頑張ろうと思う事も、仕事も、何もない。

そして人生に対してのやる気がない。

産まれてきただけで仕事してお金を稼ぎ健やかに生きていかなければならないという最低条件を満たすやる気も元気もまるでない。

自由は贅沢品だ。

わたしのように口を開けてボサッとしている人間の身の丈には合わないような贅沢なものだ。

だからわたしは大人しく仕事に行く。

つまんない人生だけど、しょうがない。

だって何にも頑張りたくないもん。

真面目系クズの思想日記

 

三年前の日記の下書きを見つけて読んでみた。今思っていることと大方同じようなことが書いてあって、マジで何も成長していなくてツラい。三年前からわたしは泥酔しているし、好きって何なんだとキレている。なんの進歩もなくただ息を吸って吐いてヘンな男と付き合って飲酒しているだけ。

彼氏という存在がまたいなくなり、自由な生活に戻ったがそれがいいのかどうかはわからない。いろんな人と飲みに行って、昼間の10時とかに帰ることが良いことでないのは分かってるんだけど。

心を穏やかに保つには、好きなことを好きなようにすべきなんだ。もちろん人に迷惑はかけてはいけないのでそこは(出来るだけ)気をつけながら生きているけど。

飲みに行って適当な人とするセックスも本当は嫌じゃないし、自分がハマらなければいいと思ってる。自分を強く持っていて、そして本気で信用している人間以外に余計なことを言わなければ穏やかに楽しく健やかに生きていける。

病むくらいなら飲酒するし、金がないなら働くし、優しい人とアイスクリームを食べたりしたい。そんな生活でいいし、その中で大切なものを見つけたらそれを大切にすればいいんじゃないかな。チャラチャラ真面目に生きすぎて失敗したので、これからは注意深く不真面目に生きてみる。それが世間から見た“クズ”だとしても、わたしが悲しくならないならもうそれでいい。それで無理なら死んじゃえばいい。

 

そして最近いい女になろう計画を実行している。もうそろそろブスで生きるのがマジでシンドイしモテまくればいい人と出会える可能性も当然上がるという浅はかかつ卑しい考え方からなんだけど。ひとまず髪型髪色、香水、化粧を変えた。基礎化粧品の見直し、似合う服装を模索、ダイエットも再開した。あとは歯医者へ行かないと。最終的に禁煙もする。まあいま煙草吸いながらこれ書いてるんだけど。

酒もほどほどにして(仕事以外は別)、ちゃんとした女になろうと思う。毎回言ってるけど今回はマジです。

 

自分の幸せと価値観は自分で守らなきゃならない。他人はなんにも守っちゃくれないから、最終的にもし一人で生きていけるようになっても大丈夫なようになるんだ。だからデザインのお勉強も少し始めてる。これはわたしなりの人生に対しての “武装” 。底辺の今だからこそ、這い上がってサイコーになってやる。

今、欲しい幻聴がある。

 

4月なのにまだ寒い。気温もバグってるからか知らないが、脳がバグってる。回路がどうもおかしい。前まで飲酒のせいでへんなことを考えていると思ったのに、今じゃ逆で、素面の時に変なことをしでかす。

だけど、花が咲けば綺麗だし、寝ている彼氏の首元の匂いを嗅いだりする。ただただ、足が痛かったり脳が痒かったりするだけだ。

生活はいいとは言えない。堕落している。必要にかられて洗濯をするだけまだ良い方だし、マシではあるけど。

この先の予定はある。決まっている予定。旅行とか、仕事とか、そういうの。将来の予定は決まってない。だいたいそうだと思うけど、漠然としすぎている。

好かれる人間になれない。みんな結局離れていくのは知っている。それはわたしがいい人間じゃないから。好かれる人間はよく分かる。それにはなれない。頭悪いから。上手くできない。甘えなんだけどね!

それなりに楽しくやってるけど、キチゲたまって寝る前に部屋で叫んだ。何にもスッキリしなかった。酒も薬も、本当は全部わたしを救ってくれない。ハムスターを飼おうか。花を咲かせようか。髪を切ろうか。何にもできないクセに言うだけ。

いなくなったみんなも、好きなふりしている人も。

今とっても寂しい。どうしてこういう時に話し声が聞こえないんだ。その声があれば、きっと暖かく、穏やかに眠れるのに。

毎日苦しい。まだ生きるけど。

 

今日の夜は、元彼と住んでいたお花の名前のアパートで過ごした最後の夜の匂いがした。泥酔した日々とゴミに埋まったヤニ臭い部屋。今でも少し思い出す黒い灰皿に山になった煙草。これからも春になると思い出しちゃうのか。

でもこういうことを思い出して、気分が沈まないと絵が描けない。生活に起伏がないと生きられない。

だけど、今の彼氏が好きすぎて、幸せすぎてそれも辛い。全部が素敵。顔も性格も全部好き。だから幸せすぎると絵が描けない。満たされてると絵が描けない。何もできない救われない。

雨に濡れた電線、重たい雲、綺麗で可哀想。

世の中の正しいことや綺麗なもの、誰かの大切なものを見ると泣きそうになるし、なんならたまにちょっと泣く。

それらを見て幸せになったからとか、素敵って思うとかのいわゆる感動?みたいなもんではなく、自分には無いのに、誰かにあるのがとてつもなくムカつくからってだけの理由。わたしは結構ムカつくと泣くので。

でも幸せっていきなりだとちょっと胸焼けするんだよね。できるなら一生分の幸せがビンとかに詰められて、毎日少しずつ舐めたりとかできればいいのに。

何にもしたくない。やる気起きない。朝になってしまう。お腹は空くし。あーあ楽しくない。毎日全然楽しくない。つまんな。これからもまだこんな人生が続くと思うとちょっとしんどい。面白くないし。仕事だし。痩せねーし。

なんでわたしがわたしじゃなくても世界は全く変わらないし困らないのに、わたしはわたしでしか生きられないんだろう。やだね。脳みそ取っ替えてほしい。ついでに顔も体も。

自分じゃない人間として、全く違う土地で生きてみたいな!やっぱめんどくせーな。そんなら死ぬわクソ。うーん、時間もお金も体力も学歴も職歴も明るい未来もなんにもないな。強く生きて~な。

眠たくなっちゃった。水みたいな人生を送りたい。できれば沈むのが酒でないような。

でも飲んじゃうんだよなあ。今日もシャンパン2本は飲んだ。

おやすみ世界、わたしの世界が今日も平和であるように。

アルコール9%

生きるのは辛い。

やりたくないことをして、お金をもらってまでして生きる人生なのかとしばらく考えていた。全く無駄だとは言い切れないけど、自分にとって無駄だと思うのならそれはいらないんだろ。

 

そして仕事を辞める決意をした。もう戻らない決意と一緒に。

"もう戻らない"というのが肝心なところで、例えば転職に失敗しようが、絵が描けなくなろうが、絶対にこの場所には戻らないと決めたのだ。

どうして好きじゃない男性に気を持たせるようなムーブをするのだろう。なぜ知らない他人とさも親しいように会話をするのだろう。なぜ嫌いな人に笑いかけなきゃいけないのだろう。

仕事なら当たり前だけど、それをわたしは耐えられなくなった。

昼間の仕事と違って融通が利くと思ってたのも始めだけだし、どうしたって、もうわたしの手に負えない範囲になってしまった。

いらない人生、必要のない人生、惰性で息しているだけ。自分の許容範囲の仕事内容で金稼げるならいいや。傷ついても知らない。嫌いな人なんていない。

そこで今、突然誰かの人生にわたしが必要とされた。それは精一杯努力したい。この瞬間の幸せになれる可能性を掴みたい。自分の人生どうでもいいくせに、変な希望を持っちゃった。だから、わたしは今あるすべての世界を捨てて、賭けに出る。

上手くいくかはわからない。勇気出すのも、新しいことするのも嫌い、怖い。でも今やらなきゃ後悔するってなんか分かる。

短いスカート、お酒、日の出、嘘、ハイヒール、濃い化粧。全部わたしには必要なくなる。

今のわたしには、ヌルい夜に溶けることが一番いいことなんだもん。

明るい未来、幸せ家族計画、未知なる希望、そんなもん全くない。でも、手を伸ばしてもいいんじゃないか。どうせ死なないんだし、どこまででも高いとこ見ればいいじゃん。

シンクに捨てた9パーセントよりも、わたしの決意の方が強い。

わたしが欲しいもの、全部貰うから。

地獄に手を振れない。

 

明日(皆様には今日だが)早起きするためにブロンをビールで流し込む。経験から、この飲酒量に何錠入れればすぐに眠れて早く起きれることをもう知っている。もうすでに眠れそう。気が向いたのでストレッチと筋トレをする。好きな人に嫌われたくなくて、ブスじゃなくなりたくて。まつげ美容液をつけて保湿して足のマッサージして、全部好きな人に好きになってもらいたくてやってる。

この時点で未来をみていて、死のための行動ではないことが分かる。だけど、結局わたしの生の地盤には死があって、何か起ころうが何も起こらなろうが突然に"死"に脳を支配され動けなくなる。

どうして何も悲しいことがないのに悲しくなるんだろう。突然泣きわめきたくなって、誰かを傷つけたくなる。どうして展望がないのになにかをはじめたくなるんだろう。馬鹿みたいにお金を使って睡眠時間削ってがしゃがしゃ生きて。

自分の気分で誰かを傷つけたり怒らせたりするから、人との約束はしなくなってただでさえ作りづらい友達はいなくなって、結局無条件に愛してくれる彼氏という存在に甘え続けてってクソみたいなことしてる。いいのかそれで。

昼間の仕事をできないのも、シラフで人と話すこと、明るい場所でこれから関わり合っていかなきゃいけない人間と話すこともできないからだけどそれは人から見たら甘えなんだよなあ。

人間と話していると、自分の顔のコンプレックスが全て見られてブスのくせにとか色々思われているから頭ぶっ壊れそうになる。だから挙動不審になってまた変な奴だと思われて結局おかしなことになる。みんながみんなわたしを嫌うし、気持ち悪いと思ってるからわたしは世界に出たくない。こわい。

そんなこと言っててもう大人になって2年が経つ。未だに付き合いきれない脳味噌と、本当に離したくない人と、擦り合わなきゃいけない社会と、わたしはどうしようもなくて毎日お酒飲んでぬいぐるみを撫でて、歯を食いしばって生きている。

早く地獄に手を振って幸せと悲しみも全て愛したい。どうしたらいいのかわからない。

微温湯の享受

 

日々をなんとなくこなしている。

出勤、飲酒、退勤、飲酒、睡眠の繰り返しに、セックスや買い物や自殺を。

3年前から何も変わらないし、なんか今更変わらねーだろと諦めた。

自分は簡単に変えられないということ、よく分かった。短いスカートピンクのハンカチ赤いリップ伸ばしたまつげ、全部無意味なことは考えないようにしてる。

人生、誰かと別れて誰かと出会って、欲しいもの買って、可愛いもの好きで、美味しいもの食べて、そういうのを幸せだと思い込むようにしてるだけな気がしてくる。実際、素面の時に見る物事や風景に光も色も感じないし、かといって部屋で天井を眺めていると床と溶け合いそうで怖い。やらなきゃいけないことの最低限をギリギリセーフでクリアして、与えられる36度の水でなんとなく生きている。自主的に何かしようとは飲酒しなきゃ思えないし、何をするにも疲れるし、人となんて話したくないし、悲しくて泣きたくてブチ切れながら眠る。なんか何もかもが嫌で何もかも終わりたくて何もかもいらない。はあーあ。

あと5年生きてどうにもならなきゃ一緒に死のうねって、わたしは5年も人生をしなきゃいけないなんてちょっと辛いです。失うものに価値を見出せないなら、全て捨てて世界を終わらせてもいいかもしれない。

わたしが幸せにしてあげたい子も、丁寧にしたい生活も、好きな友達も、お酒も左腕もピアスも顔も、全部捨ててしまってさ。